掲載誌
情報処理学会 45巻3号, pp. 1053--1061, 2004.
概要
「 2 ちゃんねる」は日本最大のオンラインコミュニティサイトである.ところが,そこに書き込まれる情報は時として「便所の落書き」と揶揄されるように,一見すると意味のない言葉や記号にしか見えないものも多い.これは非常に奇妙な現象である.というのも,便所の落書きを見るために毎日数十万人もの人が訪れるとはとても考えられないからである.ではなぜ 2 ちゃんねるはあれほど盛り上がっているのだろうか.実は傍から見れば意味がないように思える言葉や記号のやり取りが 2 ちゃんねるのユーザには意味があり,これが 2 ちゃんねるが盛り上がる要因となっているのかもしれない.このような動機から本稿では,2 ちゃんねるにおけるコミュニケーションの特徴に着目して,2 ちゃんねるが盛り上がるダイナミズムを解き明かすことを目指す.特に,コミュニケーションの特徴として,メッセージのサイズや投稿数,返信率,投稿される早さなどの基本的な属性に加え,2 ちゃんねるに特徴的な名無しと,2 ちゃんねる語やアスキーアートなどの定型的な表現技法に注目する.共分散構造分析により構築した「 2 ちゃんねるモデル」は,定型的表現傾向が議論発散傾向と議論深化傾向に及ぼす関係などを明らかにしている.
はじめに
1999 年 5 月に誕生した 2 ちゃんねる は,幅広いジャンルのカテゴリ別掲示板を 400 以上 [1] 開設しているインターネット上のコミュニティサイトである.2 ちゃんねるは日本最大のコミュニティサイトだと言われており,例えば Japan Access Rating社 が 2002 年 10 月 3 日に発表した調査データによると,日本における 2 ちゃんねるのドメインごとのアクセス量は全体で 4 位,コミュニティ掲示板系では 1 位である.また,検索サイト Google と Yahoo!JAPAN が 2002 年 12 月 11 日に発表した 2002 年の日本での検索キーワードの第 1 位はどちらも「 2 ちゃんねる」であり,非常に多くの人が 2 ちゃんねるに興味を持っていることがわかる.
ところが,2 ちゃんねるに書き込まれる情報は時として「便所の落書き」[2] と揶揄されるように,一見すると意味のない言葉や記号にしか見えないものが多い.これは非常に奇妙な現象である.というのも,便所の落書きのような情報を見るために毎日数十万人もの人が 2 ちゃんねるを訪れているとはとても考えられないからである.ではなぜ 2 ちゃんねるはあれほど盛り上がっているだろうか.
実は傍から見れば意味がないように思える言葉や記号のやりとりが 2 ちゃんねるのユーザには意味があり,これが 2 ちゃんねるが盛り上がる要因となっているのかもしれない.このような動機から本稿では,2 ちゃんねるにおけるコミュニケーションの特徴に着目して,2 ちゃんねるが盛り上がるメカニズムを解き明かしていく.ここでは特に,コミュニケーションの特徴として,メッセージのサイズや投稿数,返信率,投稿される早さなどの基本的な属性に加え,2 ちゃんねるに特徴的な名無しと,2 ちゃんねる語やアスキーアートなどの定型的な表現技法に注目する.
2ちゃんねるにおけるコミュニケーションの特徴
議論発散傾向と議論深化傾向
2 ちゃんねるには「スポーツ」「趣味」「政治経済」などのカテゴリごとに掲示板(板)が用意されており,各板はさらに多くの話題(スレッド)に分かれている.スレッドは新しく書き込みされた順に整列されるシステムになっており,そのときに盛り上がっているスレッドほど人目につく仕組みになっている.
各スレッドの内容は 「ハッキングから今晩のおかずまで」 のキャッチフレーズが表しているように,非常に多岐に富んでいる.その中にはたった 1 日で数百ものメッセージが投稿されるスレッドもあれば,数ヶ月以上かけてゆっくりと投稿が続くスレッドもある.例えばワールドカップのような話題性のあるスレッドだとわずか 1 日で 1,000 件 [3] もの投稿がつくことも珍しくないが,一部の人たちだけが興味を持つようなスレッドだと長期間に渡ってゆっくりと投稿が続いたりする.このように,スレッドによって盛り上がり方は様々であるが,この違いは何に起因するのだろうか.
人が 2 ちゃんねるに参加する目的は情報収集,問題解決,おしゃべりなど様々であるが,議論が展開されていく様子に着目すると,2 ちゃんねるにおけるコミュニケーションは大きく 2 種類に分類することができる.一つはある話題を中心として発散的に議論が展開されていく場合であり,情報収集や気楽なコミュニケーションが目的であることが多い.もう一つはある話題について議論が深まっていく場合であり,問題解決やじっくり語り合うコミュニケーションが目的であることが多い.このように考えると,2 ちゃんねるは気軽にコミュニケーションを楽しみたい人やじっくり腰をすえて議論したい人が共存している世界であると捉えることができる.
そこで本稿では,ある話題を中心として発散的に議論を展開していくコミュニケーションを 議論発散傾向,ある話題について議論を深めていくコミュニケーションを 議論深化傾向 と呼ぶことにし,これらの議論の傾向が 2 ちゃんねるの盛り上がりにどのように関係しているのかを明らかにしていく.
仮名的な匿名性と無名的な匿名性
インターネットなどの電子メディアを媒体としたコミュニケーション(Computer Mediated Communication,以下では CMC と略す)の最大の特徴は,自分の正体を明かさないで投稿できる匿名性にある.
匿名性がコミュニケーションに及ぼす影響については,既に数多くの研究がなされている.例えば,相手の性別,年齢,風貌,地位などの社会的手がかりが得られない匿名性の高いコミュニケーションにおいては,しばしば意見の極化や誹謗中傷などのフレーミングが起こることはよく指摘されている [4].しかし,そこで議論されている匿名性は,実名を明かさずに仮の名前(ハンドルネーム)を名乗る 仮名的な匿名性 である.
一方,匿名性には,ハンドルネームさえも名乗らずに発言者の名前を空欄のままで発言などを行う 無名的な匿名性 がある.多くのオンラインコミュニティではハンドルネームを使うことが標準的な慣習となっているが,2 ちゃんねるでは無名の発言が標準的スタイルとして受け入れられている.このような無名的なコミュニケーションにおいては,発言の内容に誤りを含んでいたり,感想や意見がひんしゅくを買うようなものであっても,発言者に対して批判を向けることができない.その結果,実社会のコミュニケーションで見られる規範的・抑制的なメカニズムが仮名的な匿名性にもまして機能しない.
また,通常のコミュニケーションにおいては,まず挨拶などによって対人関係を構築する必要があるが,無名的な匿名性によるコミュニケーションにおいては個人を識別することができないので,対人関係の構築を不要にする.2 ちゃんねるは常連と新参者の区別や対人関係が基本的に存在しないのである.
以上のような特徴をもつ無名的な匿名性であるが,これだけでは 2 ちゃんねるが盛り上がる理由は説明できない.無名で投稿できても盛り上がらない掲示板や,ハンドルネームや実名を使っていても盛り上がる掲示板も多いからである.したがって,無名的な匿名性が 2 ちゃんねるにおけるコミュニケーションにどのように関わっているのかを明らかにする必要がある.なお,以降では,無名的な匿名性を 2 ちゃんねるでの呼び方にならって 名無し と表現する.
定型的表現技法によるコミュニケーション
2 ちゃんねるには,「がいしゅつ」や「氏ね」など 2 ちゃんねる独自の用語がある.「がいしゅつ」とは「既出」の読み間違いが語源であり,「氏ね」は「死ね」の変換ミスから生まれたと言われている.意図的な変換ミスはパソコン通信の時代から行われていたが [5],それ以外にも全く新しい造語や,普通の辞書にも載っている語だけれど 2 ちゃんねる独自の意味で用いられる語など様々なものがある.これらの語はまとめて 2 ちゃんねる語 と呼ばれ,2 ちゃんねる語の辞典とも言うべき 2 典 にまとめられている.2 ちゃんねる語のいくつかは我々の日常にまで普及しており,マスメディアに取り上げられるほど 2 ちゃんねるを特徴づける文化となっている [6].
2 ちゃんねる語は全部で 1,000 以上あり,分類すると以下の表 1 のようになる [7].
表 1.2 ちゃんねる語の分類
カテゴリ | 例 |
誤字誤読系 | がいしゅつ,ほそろしい,脳無し |
当て字系 | 氏ね,消防,厨房,工房,串,鯖 |
変換系 | マターリ,イパーイ,カコイイ |
流行系 | ドキュン,ヒッキー,かっけー |
新語造語系 | 濡れ,雀,バサロ,オマエモナー |
また,2 ちゃんねる語の他にも,アスキーアート(AA)と呼ばれる,文字や記号だけで描いた図 1 のような絵も 2 ちゃんねるではよく使われる.
図1.AA のキャラクタの一つ.名前を「モナー」という.
従来から,コミュニケーションを円滑に行うために,文字の組み合わせで感情を表す表現(エモティコン)が使われてきた [8].例えば笑顔は :-),しかめっ面は :-(,ウインクは ;-),舌を出す動作は :-P で表されてきた.プロジェクトH の研究によれば,ニュースグループに投稿された3,000件の投稿のうちの13.4%にエモティコンが少なくとも 1 つは含まれていたことが報告されている [9].また,対面状況での対話では使われない BTW (By The Way ) や LOL ( Laughing Out Loud ) などの略語や,ur ( you are ) や thx ( thanks ) などの短縮形,ニックネームの短縮形もコミュニケーションを円滑に進めるための共通語として用いられてきた [10].では,2 ちゃんねるにおける 2 ちゃんねる語や AA などの 定型的固有表現 は,どういう文脈で用いられているのだろうか.
2 ちゃんねるでは,しばしば故意に連続で無駄な書き込みをしたりする「荒らし」と呼ばれる行為や,故意に挑発的な発言をして他の参加者を怒らせる「煽り」と呼ばれる行為が行われる.同じような現象はユーズネットやメーリングリストでもしばしば観察されているが [11],これらの現象は議論を阻害するなどの否定的な文脈で語られてきた.しかしその一方で,荒らしや煽りは必ずしも議論を阻害する要因になるわけではなく,場合によってはより建設的な議論に火をつける側面も指摘されている [12].また,議論が荒れている様子は参加者に楽しまれていることも多い [13].
したがって,荒らしや煽りが発生したときでも,そこで議論を終わらせることなく,発展的な議論へとスムーズにつなげていくようにコミュニケーションを持続させることが重要である.定型的固有表現の多くはユーモアに富んでいるので,直接言うと角が立つようなことでも,ストレートな意味を隠してやわらかく意図を伝えることができる.したがって,荒らしや煽りが起こった場合でもうまく対処して,コミュニケーションを発展させることに定型的固有表現は何らかの影響を及ぼしていると考えられる.
2 ちゃんねるの計量
オンラインコミュニティの盛り上がりを測定する指標はこれまでにもいろいろ考案されているが,基本的には,参加者間で共有された目的,興味,ニーズ,活気,参加者間の互恵主義,コミュニケーションを規定する暗黙の仮定,形式,ルールの有無などに基づいている [14, 15].これらの指標は参加者の態度や意識,コミュニティの性質に関する定性的なものなので,訓練された専門家が個々のメッセージに目を通して主観的に判断するしかない.しかし,このように人手で解析していたのでは,対象となるメッセージが多い場合には現実的ではない.本稿では,2 ちゃんねる全体のダイナミズムを捉えるために 2 ちゃんねるの膨大なスレッドを解析することを視野に入れているので,計算機により自動的に測定できる指標でなければならない.
そこで,2 ちゃんねるが盛り上がるメカニズムを解明するための手がかりとして,2 ちゃんねるを特徴づける 8 指標 C (Contents),A (Activity),I (Interaction),S (Speed),V (Vocabulary),AA (ASCII Art),N (Nameless),ABON(ABON(あぼーん)は荒らしや禁止されている投稿を削除した跡に残される 2 ちゃんねる独自の用語である)を提案する.C はメッセージごとに交わされる議論の量を測る指標であり,2 ちゃんねる語,アスキーアートを除いた 1 メッセージあたりのサイズ(バイト数)とする.A はスレッドの盛り上がりを投稿数によって測る指標であり,1 スレッドあたりのメッセージ数とする.I は参加者同士がインタラクションしている程度を測る指標であり,1 メッセージあたりの平均返信数とする.S はスレッドの盛り上がる早さを測る指標であり,1 日あたりに投稿されるメッセージ数とする.V はスレッドの 2 ちゃんねるらしさを測る指標であり,スレッドのサイズに占める 2 ちゃんねる語のサイズとする.AA はスレッドにアスキーアートがどれくらい使われているかを測る指標であり,スレッドのサイズに占めるアスキーアートのサイズとする [16].N はメッセージが名無し [17] で投稿されている程度を測る指標であり,1 メッセージあたりの名無しで投稿されるメッセージ数とする.ABON は議論が荒れている程度を測る指標であり,1 メッセージあたりの 2 ちゃんねるの管理人によって削除されたメッセージ数とする.
2 ちゃんねるの 30 の板のトップページに現れる 5,748 スレッド( 1,738,418 メッセージ,約 453 MB)に対して,これらの 8 指標をカテゴリ単位で集計し,各指標ごとの平均を 0,分散を 1 に標準化した結果を表 2 に示す [18].各指標の値は 0 に近ければ 2 ちゃんねる全体の平均値と近く,0 より大きくなるほど傾向が強い,0 より小さくなるほど傾向が弱いことを表している.表 2 を見ると,カテゴリごとにその特徴が指標によって明らかになっており,例えば「政治経済カテゴリは A と V が低いので 1 スレッドあたりに投稿されるメッセージの数は少なく,2 ちゃんねる語もあまり使われていない」ことなどがわかる.そこで以下では,表 2 のデータを用いて,さらに深く2ちゃんねるが盛り上がるメカニズムを解明していく.
表 2.2 ちゃんねるのカテゴリ別 8 指標
カテゴリ | C | A | I | S | V | AA | N | ABON |
ギャンブル | -0.428 | 0.384 | -0.798 | -0.274 | 0.182 | -0.107 | -1.829 | -0.529 |
ネタ雑談 | -1.027 | -0.278 | 0.054 | -0.234 | 0.353 | -0.139 | 0.546 | -0.814 |
政治経済 | -0.564 | -1.707 | -0.351 | -0.414 | -0.970 | 0.127 | -0.130 | 0.120 |
家電製品 | 0.962 | 1.016 | 0.921 | -0.279 | -0.370 | -0.866 | 1.232 | -0.575 |
馴れ合い | 1.730 | 0.172 | -0.624 | 0.138 | -0.575 | 3.392 | -1.380 | 1.200 |
文化 | 0.477 | -0.150 | -0.316 | -0.379 | 0.126 | -0.564 | 0.897 | -0.025 |
受験・学校 | 0.282 | -0.626 | -0.243 | -0.385 | -0.815 | -0.258 | 0.700 | -0.095 |
食文化 | -0.538 | -0.371 | -0.337 | -0.493 | 0.117 | -0.725 | 1.213 | 0.257 |
おすすめ | -0.189 | 2.831 | -1.355 | 4.490 | -0.496 | -0.116 | -1.047 | -0.898 |
ゲーム | 0.087 | 1.003 | -0.470 | 0.017 | 0.064 | -0.028 | 0.716 | -0.747 |
学問・理系 | -0.805 | -1.251 | 2.738 | -0.514 | -0.531 | -0.417 | 0.212 | -0.564 |
雑談系2 | -0.602 | -0.906 | -0.640 | 0.052 | -0.224 | 2.330 | -2.161 | -0.643 |
テレビ等 | -0.898 | 0.104 | -0.808 | -0.188 | 0.233 | -0.098 | -0.544 | -0.364 |
裏社会 | 1.998 | 0.994 | 1.354 | -0.458 | -0.214 | -0.667 | -1.883 | -0.795 |
生活 | 0.775 | 0.473 | 0.157 | -0.315 | -0.234 | -0.706 | 1.241 | -0.280 |
学問・文系 | -0.209 | -1.008 | 0.105 | -0.361 | -0.770 | -0.328 | -0.451 | 0.418 |
音楽 | -1.661 | -1.112 | -0.689 | -0.413 | 0.514 | -0.551 | 0.545 | -0.640 |
ネット関係 | 0.968 | 0.539 | 1.085 | -0.281 | 0.030 | -0.246 | 0.455 | -0.160 |
漫画・小説等 | 0.508 | 0.210 | -0.220 | -0.406 | 0.086 | -0.317 | 0.910 | 0.187 |
社会 | 0.702 | -0.339 | 2.023 | -0.428 | -0.599 | -0.359 | 0.133 | 1.486 |
ニュース | -0.611 | -0.967 | 0.234 | 0.149 | -0.612 | 0.009 | -0.947 | -0.869 |
旅行・外出 | 1.131 | 0.292 | -0.060 | -0.563 | -0.854 | -0.809 | 0.066 | 0.038 |
趣味 | 1.092 | 0.655 | 0.651 | -0.425 | 0.160 | -0.622 | -0.023 | 0.495 |
大人の時間 | -1.555 | -1.093 | -0.652 | -0.268 | 0.916 | 0.010 | 0.309 | 3.978 |
案内 | 0.610 | 0.058 | 1.044 | 0.481 | 4.515 | 0.756 | -1.461 | 0.553 |
心と身体 | 0.007 | -0.500 | 0.560 | -0.027 | -0.269 | -0.636 | 0.623 | -0.353 |
スポーツ | -0.420 | 0.166 | -0.672 | -0.076 | -0.168 | -0.319 | 0.283 | -0.592 |
実況ch | -2.076 | 2.353 | -2.375 | 2.332 | 1.102 | 2.465 | 1.464 | -0.848 |
会社・職業 | 1.085 | -0.387 | -0.186 | -0.540 | -1.008 | -0.492 | 0.387 | 1.401 |
カテゴリ雑談 | -0.831 | -0.558 | -0.130 | 0.060 | 0.311 | 0.280 | -0.080 | -0.340 |
なお,「おすすめ」「案内」「実況 ch 」など突出して特徴的な振る舞いを示しているカテゴリもあるが,本稿では 2 ちゃんねる全体の振る舞いを解明することを目的としているので,あえてカテゴリの選別は行わなかった.そのような特徴的なカテゴリの盛り上がりに関する個別の検討は今後の課題である.
2ちゃんねるが盛り上がるメカニズム
因子と変数の設定
2 章での議論から,2 ちゃんねるが盛り上がるダイナミズムを解明するためには,議論発散傾向,議論深化傾向,定型的固有表現の振る舞いを理解することが鍵となる.そこでまず,8 指標のうちの 6 指標を次の 3 つの意味的まとまり(ここでは因子と呼ぶ)に分けた.
- 因子 1 ( A, S )
- 投稿数が多くて投稿のペースも速い議論発散傾向
- 因子 2 ( C, I )
- 量のあるメッセージが交わされ,参加者間のインタラクションも活発な議論深化傾向
- 因子 3 ( V, AA )
- 2ちゃんねる語やアスキーアートを使う定型的固有表現
また,残りの2指標( N と ABON )については,以下の理由から因子に組み込むのではなく,それぞれ単独の変数として扱うことにした.
- 変数 1 ( N )
- 議論の流れによらず発言の識別性に関与し,発言の質や量に影響を及ぼす変数
- 変数 2 ( ABON )
- 参加者の行動ではなく削除人の行動であることから,議論が深化・発散することとは独立した変数
因果モデルの構築
3 因子と残りの 2 変数(N, ABON)は明らかになったが,2 ちゃんねるが盛り上がるダイナミズムを明らかにするためには,それらがどのように影響を及ぼし合っているかが分からなければならない.そこで本稿では,共分散構造分析(Structural Equation Modeling,以下では SEM と略す) [19] を用いて,3 因子と 2 変数(ABON, N)からなる因果モデルの構築を試みる.SEM は,ある事象に関する仮説モデルを設定し,その妥当性を検討するための仮説検証型の統計手法である.観測された変数間の因果関係だけでなく,直接観測できない潜在変数(因子)まで因果関係に含めて分析できることが最大の特徴である.また,因果モデルは自由に構築することができるので,さまざまな仮説を検討したり,既に得られている知見を因果モデルに組み込むこともできる.
因果モデルの妥当性は,そのモデルが実際の観測データをどの程度説明できるかを表す適合度指標を用いて検証することができる.よく用いられている適合度指標を以下に示す.
- カイ 2 乗検定
- 「モデルが正しい」ことを帰無仮説としてカイ 2 乗検定を行い,採択されればモデルが正しい可能性があると判断される.標本数 N に強い影響をうけやすく,標本数が多いとモデルが棄却されやすくなることが知られている.
- GFI
- GFI(Goodness of Fit Index)は 0 から 1 までの値をとり,1 に近いほどモデルの適合度は高いと見なされている.一般に GFI が 0.9 以上であるとモデルは有効とされる.観測変数 N に影響を受けにくい.
- CFI
- CFI(Comparative Fit Index)は,0 から 1 までの値をとり,1 に近いほどモデルの適合度は高いと見なされる.一般に CFI が 0.9 以上であるとモデルは有効とされている.
- RMSEA
- RMSEA(Root Mean Square Error of Approximation)は 0 に近いほどモデルの適合度は高いと見なされる.経験的には 0.05 以下であればモデルの当てはまりは良いとされている.
SEM により構築した因果モデル(以下では 2 ちゃんねるモデル と呼ぶことにする)を図 2 に示す.カイ 2 乗値(自由度)= 13.522(14),p 値 = 0.486,GFI = 0.910,CFI = 1.000,RMSEA = 0.000 であり,構築されたモデルの適合度は十分に高い.
図 2.2 ちゃんねるモデル
なお,図 2 中の四角ノードは観測変数,楕円ノードは潜在変数,e 1 〜 e 6 の丸ノードは観測変数の誤差項,d 1 〜 d 2 の丸ノードは潜在変数の撹乱変数,単方向矢印は変数間の因果関係,双方向矢印は変数間の共変動を表す.図 2 では標準解(観測変数の分散を全て 1 に標準化したときの推定値)が出力されているので,単方向矢印の数値はパス係数(標準化された偏回帰係数),双方向矢印の数値は相関係数を表している.また,ノードの右肩の数字は決定係数であり,1 に近いほど誤差による影響を除いたときの予測が正確であることを示している.
各パス係数の推定値の有意確率を表 3 に示す.有意確率が --- (測定不能)になっているところは SEM の制約上パラメータを推定するときに非標準化係数を 1 に固定したためである.ここで,有意確率が 0.05 以下なら「有意」,0.05 〜 0.1 なら「有意な傾向」だとすると,有意(な傾向)でないパスもいくつか含まれている.しかし,SEM では全体のモデルの適合度が個々のパス係数の有意性に優先すること [20],サンプル数(ここではカテゴリ数=30)が少ない場合に重要だとされるカイ 2 乗値が採択域にあること [21],他の適合度もかなり高い値を示していること,またパス係数の絶対値が比較的大きいことから,以降では図 2 の 2 ちゃんねるモデルに基づいて考察を行う.
表 3.各パス係数の有意確率
係数 | 有意確率 |
議論深化傾向 → 定型的表現傾向 | 0.084 |
議論発散傾向 → 定型的表現傾向 | 0.067 |
V → 定型的表現傾向 | 0.129 |
I → 議論深化傾向 | 0.072 |
C → 議論深化傾向 | --- |
AA → 定型的表現傾向 | 0.014 |
A → 議論発散傾向 | --- |
S → 議論発散傾向 | 0.020 |
C → N | 0.235 |
A → N | 0.214 |
A → ABON | 0.009 |
S → ABON | 0.121 |
考察
構築された図 2 のモデルを見ると,2 ちゃんねるが盛り上がるダイナミズムが見えてくる.まず,大きな流れとして,V と AA からなる定型的表現傾向が I と C からなる議論深化傾向には負の影響,A と S からなる議論発散傾向には正の影響を及ぼしていることがわかる.これはつまり,2 ちゃんねる語とアスキーアートを使う定型的表現傾向の強さによって参加者の繰り広げる議論の傾向が変わることを意味している.また,小さな流れとして,N は C に負の影響,A に正の影響を与え,ABON は A と S に負の影響を与えていることがわかる.これは,2 ちゃんねるが盛り上がるバランスが N と ABON によっても保たれていることを示唆している.
参加者は,集団の一員(内集団)であることを意識すると,他の集団(外集団)と異なることを際立たせるために極端な意見に収束する集団極化現象が生じやすいことが知られている [22].2 ちゃんねるには 2 ちゃんねる語やアスキーアートによる定型的固有表現があるが,これを使うことによって 2 ちゃんねるの参加者は 2 ちゃんねるに参加していることを潜在的にせよ強く意識する.したがって,定型的表現傾向はより集団極化現象が起こりやすい傾向を表していると考えられる.2 ちゃんねるで特定の人や企業への誹謗中傷がしばしば起こって社会問題となっているのは,まさに集団極化現象の一例であろう.
極端な意見に収束する傾向が強いと,ネタ(話題づくりやウケを狙った話のタネ)を中心とした浅いコミュニケーションを楽しもうという傾向が強くなる.しかし,それも度を過ぎて誹謗中傷にまでエスカレートすると誰も相手をしなくなるので,コミュニケーションが成り立たなくなる.したがって,定型的表現傾向が強いだけではコミュニティが盛り上がるとは考えにくい.図 2 において ABON が A と S に負の影響を与えていることからもわかるように,削除される投稿が出るほど荒れていては,2 ちゃんねるにおいても議論は発展しないのである.
また,定型的表現傾向が弱ければ建設的な議論が行われるとも限らない.名無しのように社会的な手がかりがない状態だと,発言は平等化され,極端な意見に対する抑制力も弱まる [23].図 2 において名無しを表す N が C には負の影響,A には正の影響を与えているのは,気軽なコミュニケーションを行うには名無しの方がよく,しっかりした議論を行うためには名無しではよくないことを示唆している.これまでも名無しは 2 ちゃんねるの参加者数,投稿数が増える要因として語られることが多かったが,それを説明する根拠を具体的なデータを用いて示した例はなかった.まして,名無しが具体的にコミュニケーションのどの要因に影響を及ぼしているのかは全く不明であった.本稿で示された名無しがコミュニケーションに及ぼす影響は,匿名性についての今後の議論の布石になるであろう.
以上のことから,2 ちゃんねるの参加者は定型的固有表現と名無しをうまく使いわけることで 2 ちゃんねるというコミュニティを維持し,多様なコミュニケーションを楽しんでいることが明らかになった.定型的固有表現という 2 ちゃんねる独自の文化を共有していない人が 2 ちゃんねるのスレッドを見ても,ただの便所の落書きにしか見えないかもしれない.しかし,定型的固有表現を共有している 2 ちゃんねるのユーザにとっては,2 ちゃんねるはその文化の中で繰り広げられるコミュニケーションとして成立しているのである.
MacIver は「血縁・地縁によって結びついた人々が共同生活を営む社会集団」をコミュニティとし [24],Hillery は「一定の地域において,共通の目標などの絆が存在し,構成員に相互の交流がある」ことをコミュニティの最低限の共通項であるとした [25].では,2 ちゃんねるにおいてはどうであろうか.オンラインコミュニティにおいては,時間や場所といった物理的な制約はもはや意味をなさない.実際,2 ちゃんねるのサーバはアメリカにあり,日本全国のみならずアメリカからの参加者もいる.また,2 ちゃんねるにおいては互いの素性を知らないもの同士が集まることも特徴的である.さらに,2 ちゃんねるではスレッドごとに議論すべきテーマが与えられているので,参加者が共有する関心は非常に多岐に渡る.以上のことから,2 ちゃんねるは従来のコミュニティの定義に当てはまらない,インターネットの発展がもたらした全く新しいコミュニティの形態をなしていることは明らかである.しかし,その背後には定型的固有表現や名無しなどによって生まれる 2 ちゃんねる独自の文化が根づいているのである.
これまでの CMC 研究においては,実験室環境,つまり短期間形成された一時的な集団による参加者の振る舞いを分析したものがほとんどであった [26].しかし,実際のオンラインコミュニティの参加者は流動的であり,そもそも参加者は自分が興味をもったオンラインコミュニティにしか貢献しないので,実験室環境では参加者の本当の振る舞いを知るには不十分であった.一方,本研究では 2 ちゃんねるの膨大なスレッドを分析したため,そのようなバイアスはない.また,指標の測定も計算機により客観的な基準に基づいて行われている.したがって,本研究で得られた知見は 2 ちゃんねるの参加者たちが繰り広げる振る舞いを正確に表していると言えるだろう.
まとめ
2 ちゃんねるのような何の法則性もなくデタラメに盛り上がっているようにしか見えないオンラインコミュニティにおいては,個々のメッセージをミクロな視点で分析してもノイズに埋もれてしまって本質的な傾向は見出しにくい.このような場合は,コミュニティ全体の傾向をマクロ的に見ることにより参加者たちが織り成すダイナミクスに着目するアプローチが効果的である.そのような視点から本稿では,オンラインコミュニティを特徴づける指標としてメッセージのサイズや投稿数,返信率,投稿される早さなどの基本的な属性に加え,2 ちゃんねるに特徴的な名無しと,2 ちゃんねるに特有の定型的な表現技法からなる8指標に注目した.そして 2 ちゃんねるの5748スレッドから 8 指標を算出し,SEM により 2 ちゃんねるの因果モデルを構築した結果,定型的表現傾向が議論発散傾向と議論深化傾向に及ぼす関係や,名無しがコミュニケーションに及ぼす影響などが明らかになった.
オンラインコミュニティにはそれぞれにローカルルールや独自の用語(ジャーゴン)などの文化がある.それらの文化によってオンラインコミュニティの参加者に集団への 帰属意識が生まれているとすれば,今回得られた様々な知見は 2 ちゃんねるに限らず,オンラインコミュニティ一般に適用できるであろう.また,今回は考慮しなかったが,オンラインコミュニティの盛り上がりを特徴づける重要な要因として,時間とともに変化する盛り上がりのダイナミクスを挙げることができる.今後はこれらの検討を通して,オンラインコミュニティにおいて人々が織り成すグループダイナミクスを解明していきたい.
謝辞
共分散構造分析を使うアイデアは,第3回人工知能学会若手の会 ( MYCOM2002 ) において朝日大学経営学部経営学科の畦地真太郎助教授から頂きました.記して深く感謝致します.
参考文献
[1] 2002年6月13日に著者が行った調査によると,2 ちゃんねるには35のカテゴリ,442 の掲示板(板)があった.また,板のトップページに現れる話題(スレッド)は全部で 6,017 であったが,古くなってトップページから消えているスレッドまで含めれば,全部で 166,610 のスレッドがあった.[2] 鈴木淳史,美しい日本の掲示板,洋泉社 (2003)
[3] 2 ちゃんねるでは 1 スレッドにつき 1,000 件までしか投稿できない仕組みになっている.投稿が 1,000 件に達すると新しいスレッドが作られ,そこで再び議論が続いていく.
[4] Kiesler, S., Siegel, J. and Mcguire, T. W.: Social Psychological Aspects of Computer-Mediated Communication, American Psychologist, Vol. 39, pp. 1123--1134 (1984)
[5] 川上善郎, 川浦康至, 池田謙一, 古川 良治:電子ネットワーキングの社会心理, 誠信書房 (1993)
[6] 朝日新聞(東京本社版), 2001 年 9 月 24 日付(朝刊)ニッポンのことば 26 面 (2001)
[7] 2 ちゃんねるガイド [8] 野島久雄, ネットワークにおける感情伝達の手段としての:-) (smily face), 情報処理学会コンピュータネットワークのヒューマンウェアシンポジウム報告集, pp. 41--48 (1989)
[9] Witmer, D. F and Katzman, S. L.: On-line Smiles: Does Gender make a Difference in the Use of Graphic Accents?, Journal of Computer-Mediated Communication, Vol. 2, No. 4 (1997)
[10] Wallace, P.: The Psychology of the Internet, Cambridge University Press (1999)
[11] McLaughlin, M. L. and Osborne, K. K. and Smith, C. B.: Standards of Conduct on Usenet, S.G. Jones (Ed.): Cybersociety: Computer-Mediated Communication and Community, pp. 90--111, Sage Publications (1995)
[12] 大澤幸生, 松村真宏, 中村洋:フレーミングは議論を阻害するか - 2 ちゃんねるは何故面白い?-,第11回ITRC研究会 (2002)
[13] 柴内康文, 言い争う―「フレーミング」論争の検証, 川浦康至(編), 現代のエスプリ, 至文堂, Vol. 370 (1998)
[14] Whittaker, S., Isaacs, E. and O'Day, V.: Widening the Net: Workshop Report on the Theory and Practice of Physical and Network Communities, SIGCHI Bulletin, Vol. 29, No. 3, ACM Press (1997)
[15] Preece, J.: Online Communities: Designing Usability, Supporting Sociability, Chichester, UK, John Wiley & Sons (2000)
[16] 1554 種類のアスキーアートによく用いられる記号,特殊文字を 77 種類リストアップし,それらを計測することでアスキーアートのバイト数を近似的に算出した.なお,2 ちゃんねる語やアスキーアートには小さいものから大きなものまで様々な種類があるが,大きいほど目につきやすく影響力も大きいと考え,その大きさを考慮するために出現回数ではなくバイト数で集計した.
[17] 名無しには「名無しさん@お腹いっぱい」「ナナシマさん」など様々なバリエーションがあるが,2 ちゃんねるに用いられている名無しの一覧は 2 ちゃんねる ロゴギャラリー にあるので,N は正確に求めることができる.
[18] 「馴れ合い」カテゴリ中の「自己紹介」板などの名無しで投稿できないように規制がかかっている板は,解析から外している.
[19] 狩野裕, 三浦 麻子: グラフィカル多変量解析(増補版), 現代数学社 (2002)
[20] 豊田秀樹,構造方程式モデリング「疑問編」−構造方程式モデリング−,朝倉書店 (in press)
[21] 上記の狩野の文献を参照.
[22] Spears, R. and Lea, M.: Social Influence and the Influence of the `Social' in Computer-Mediated Communication, M. Lea (Ed.): Contexts of Computer-Mediated Communication, New York, Harvester Wheatsheaf (1992)
[23] 上記の Kiesler の文献を参照.
[24] MacIver, R. M.: Community, 4th edition, Cass (1917)
[25] Hillery, G. A.: Definitions of Community: Areas of Agreement, Rural Sociology, Vol. 20, No. 2, pp. 118 (1955)
[26] Walther, J. B.: Anticipated Ongoing Interaction Versus Channel Effects on Relational Communication in Computer Mediated Interaction, Human Communication Research, Vol. 20, pp. 473--501 (1994)